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歴史的検証

それぞれのメタル元年 その3 ~スラッシュメタル~part5

スラッシュメタルが世界的に大きなムーブメントになる前に日本では「インディーズブーム」が巻き起こった。
そのインディーズブームと同時に世界的なスラッシュメタルブームは入り交じり、当時日本のスラッシュ系も、それまでとは違う注目度と動員力となっていった。

日本のスラッシュ事情 前編

DOOM / NO MORE PAIN

DOOM / NO MORE PAIN

JURASSIC JADE / A CRADE SONG

JURASSIC JADE / A CRADE SONG

CASBAH / INFINITE PAIN

CASBAH / INFINITE PAIN

DOOM

さて日本でのスラッシュメタルはどうだったか?
 スラッシュメタルが世界的に大きなムーブメントになる前に日本では「インディーズブーム」が巻き起こった。
 これによりREACTIONやDEAD ENDといったバンド達がメジャーデビューを果たし、インディーズで活動するバンド達はそれまでになく大きな注目を集めるようになっていた。
そのインディーズブームと同時に世界的なスラッシュメタルブームは入り交じり、当時日本のスラッシュ系も、それまでとは違う注目度と動員力となっていった。
インディーズがブームとなる前から活動を開始していたバンド達は決して数は多くはなかったが着実に人気を高めていたが世界的なスラッシュの盛り上がりもあり日本のスラッシュ・バンド達も注目度は右肩上がりであった。
それと同時にライヴの動員もかなり上昇し実際にDOOM、JURASSIC JADE、UNITED、CASBAHが集結したREACTION等を排出した目黒鹿鳴館のライヴでは当時の鹿鳴館の動員記録を塗り替えたほどの人気だった。
この日のライヴは自分も鹿鳴館に行ったのだがチケットが買えずに中には入れず、鹿鳴館の裏に廻ってたまにうす~く漏れてくる音だけを聞いていたという記憶がある。
当時日本のシーンの先頭にいたのが上記した4バンドだった(ちなみに同時期に活動していたXは今ではみんなご存知のあのX JAPAN。
 彼らやDIMENTIA等のバンドはスラッシュ/スピード・メタル的音楽性とW.A.S.P的な見た目の派手さを取り入れていれていた。
世界的に見てもスラッシュメタルが盛り上がる前にメタル・シーンを占拠していたのはRATT 、MOTLEY CRUE、W.A.S.P等のL.Aメタル勢で、日本ではまだその名残もあり音はスラッシュ/スピード・メタル系ながらルックスはL.Aメタル的なバンドが結構多く存在していた)。
そんな中でいち早くアルバムをリリースしたのはDOOMだったが、今にして思えば上記した4バンドの中で一番スラッシュメタルの王道からは離れた感のある音楽性のDOOMが一番最初にデビューしたというのは面白い。
JURASSIC JADE この時期日本にも現在のブラックメタル風な白塗りメイクとしていたバンドは多く、このDOOMとJURASSIC JADEがその代表的な存在だった。
ちなみにDOOMの超絶ベーシスト諸田さんはDOOM以前にZADKIELというMORTORHEAD、VENOMの影響の強いバンドで活動しており、このZADKIELは日本のスラッシュの最初のバンドとも言われている。


CASBAH この日本のシーンで当時最も勢いがあり動員力があり人気の高かった存在はCASBAHで間違いなかったと思う。
このCASBAHも結成当初はDOOMやJURASSIC JADE同様にメイクをしていたが、数年でそれはなくなり、そのあたりからどんどんスラッシュメタル的色合いを強めていった。
7’EP「RUSSIAN ROULETTE」(’86年発表)と共に彼らの代表作と言えるデモテープ「INFINITE PAIN」(’87年発表)リリース時には積極的に海外のレーベル、ファンジン等に自らプロモーションを行い、海外の有名なファンジンでは軒並み高評価を得た。
しかもデモテープにも関わらず6000本を売ったというから驚きだ。
そして海外プロモーションの効果でKREATORやCELTIC FROST等をリリースしスラッシュ系レーベルとしては当時一番と言っても言い過ぎではない程の勢いのあったレーベル、ドイツのNOISE RECORDSから実際に契約書が送られてくるところまで話が進んだらしい。
当時自分が見に行った新宿ロフトでのライヴのMCでも「来年ドイツのNOISEからアルバム出すから、そこのキニー(当時西新宿にあった輸入盤屋)とかに並んだら買ってくれ」と言われた時には心底興奮したのを今でも覚えている。
当時デモテープと7'EPでしか聞く事のできなかったCASBAHのアルバムが遂に聞ける。
しかもそれがKREATORやCELTIC FROSTをリリースしているレーベルからリリースされる。
正直もうこれはそれまでに経験した事のない日本のバンドの海外進出を目の当たりにしているという感動があった。
自分の中では実際にアメリカで大きな成功をしていたLOUDNESS以上に興奮したのを覚えている。
ライヴハウスで目の前で演奏しているバンドが、同じシーンの中では憧れの存在と言えるKREATORやCELTIC FROSTと肩を並べる、と考えただけでウルトラ級の大興奮だったことを今でもはっきりと覚えている。
しかし、結局バンドはレーベルが提示した契約に難色を示し、この話は結局実現される事はなかった。
個人的には今でもこの判断は悔やまれるし、もしこれが実現されていたなら今の日本のシーンはまったく違うものになっていたんじゃないかとさえ思っている。

METALLICA、SLAYERの成功によりスラッシュメタルの盛り上がりは日本でも本格化していき、上記したバンド達の他にもSHELLSHOCKやGROUND ZERO等も登場し、シーンは拡大。
更にスケボー・ブームがあったりして日本でもCROSSOVERの記事でも書いたようにスラッシュとハードコアが入り交じった盛り上がりがあった。
がこれも前記した通り、スラッシュ以前から存在していたハードコア勢にはスラッシュの盛り上がりは決して全てが好意的には見られていなかった。
ブラジルのように殺人にまで発展する事はなかったが、ハードコア・ファンに殴られたスラッシュファンは実際にいたのを記憶しているし、それだけにスラッシュファンである自分は怖くてLIP CREAMやGAUZE等のハードコア・バンドのライヴにもなかなか足が向かなかった。

SKULL THRASH ZONE

SKULL THRASH ZONE

当時日本ではこういったスラッシュ系バンドのほとんどをリリースしていたのは神楽坂にあったライヴハウス&レーベル、EXPLOSION。
ライヴハウスとしては、ここはスラッシュバンドの登竜門的存在で、「SKULL SMASH」というシリーズ・ギグも定期的に行われ、ここで人気を博したバンドがEXPLOSIONレーベルからレコードデビューを果たすというのが定番だった。
DOOM、JURASSIC JADE、CASBAH、DEMENTIA等も最初にリリースしたレコード/ソノシートはEXPLOSIONからのリリースだった。 その後の世界的なスラッシュの盛り上がりと日本での盛り上がりに目をつけたメジャーレーベル、VICTORが’87年にEXPLOSIONがプロデュースする形でオムニバス・アルバム「SKULL THRASH ZONE」をリリースした。
収録されていたのはDOOM、SHELLSHOCK、JURASSIC JADE、X、GROUND ZERO、ROSE ROSEというEXPLOSION出演常連の6バンド。
ちなみにDOOMはこのオムニバス参加後にVICTORと契約を結びメジャーデビューを果たし、JURASSIC JADEにも契約には至らなかったが実際にメジャーレーベルからオファーがあったようである。
このオムニバスは発売記念ライヴが豊島公会堂で行われ(自分は高校の修学旅行でいかれなかったけど...)ライヴハウス以上の大きさの会場でライヴが開催されるなどシーンの盛り上がりに貢献してくれたと思うが、個人的にはCASBAHとUNITEDという当時のシーンの先頭にいた2バンドが収録されていなかったのがもったいなかったように思える。


UNITED / BEAST DOMINATE

UNITED / BEAST DOMINATE

UNITED

DOOM、JURASSIC JADEはその後もコンスタントに作品をリリースしてくれていたが、CASBAHはNOISE RECORDSとの契約がうまくいかなかった後1年間の活動休止期間を設ける等コンスタントな活動とは言えない状態が続いた。
UNITEDはメンバーの入れ替わりが激しくライヴ活動を続けてはいたが、1986年HOLD UPからリリースされた7'EP「BEAST DOMINATE」(名作)以降はデモテープの発表はあったが、なかなかアルバムのリリースには至らなかった。
80年代後半この2バンドの活動がなかなか軌道に乗らない状況は当時の日本のスラッシュシーンの減速の要因となってしまったように今となっては感じている。
UNITEDは1990年新設されたHOWLING BULLより1stアルバム「BLOODY BUT UNBOWED」をリリース。
CASBAHは「INFINITE PAIN」以降数本のデモテープを発表していたが、1stアルバム「BOLD STATEMENT」がリリースされたのは、なんと1997年。あまりにも時間がかかり過ぎてしまった感は否めなかった。


こうやって日本のスラッシュメタルは様々な事情等もあり巨大なシーンとして当時から現在も存続しているとは言えないのが現状である。
しかしながら今年DOOMは復活。
JURASSIC JADE、UNITEDは解散することなく現在も存続し、CABAHも活動を再開させている。
DOOMの諸田さん、UNITEDの横さんというシーンにとっては大きな存在であったメンバーの死去という痛々しすぎる事はあったが、80年代のシーンをリードしてきたバンド達が今も活動をしてくれている状況は嬉しい限りである。

text by Jumbo