1. Home
  2. ETD Special
  3. 歴史的検証
  4. それぞれのメタル元年 その3 ~スラッシュメタル~part 4

ETD Special

スペシャル

歴史的検証

それぞれのメタル元年 その3 ~スラッシュメタル~part 4

以前書いたようにスラッシュ登場前からBURRN!等の雑誌では速い、やかましいバンドは基本的に笑いのネタとして扱われていたが、METALLICAの「MASTER OF PUPPETES」のヒットはそういった雑誌での扱われ方も変えていった。 実際BURRN!ではスラッシュ特集が組まれたり、「MASTER OF PUPPETES」ヒット後のシーン/バンドは頻繁に紙面を飾っていた。

両巨頭のメジャーでの成功によりスラッシュメタル・シーンは巨大化/細分化

METALLICAとSLAYERがメジャー進出を果たし、更にそこで大きな成功を収めたことによりスラッシュメタル・シーンはどんどん巨大化していった。
スラッシュに限った話ではないが大きな成功を収めたバンドの後には、そのバンドからの影響がモロなバンド達が次々登場するというのは当たり前の話。
METALLICAの「MASTER OF PUPPETS」での成功もまた後続のバンド達に大きな影響を与えその後METALLICA型と言えるバンド達が数多く登場した。
ちなみに、その中で当時次世代のMETALLICAとしてBURRN!で紹介されていたのはTESTAMENT、オーストラリアのMORTAL SIN、そして我が国日本のOUTRAGEだった。

この両巨頭の成功は今から考えるとその音楽性の違いからスラッシュを大きく二つの方向性へと導いたと言える。
一方は以前SIGH川島氏のコラムでも触れられていたスラッシュの健全化。
そしてもう一方は後のブラックメタルへと繋がるスラッシュの暗黒化である。
健全化の旗印は勿論METALLICAで、後続としては当時のベイエリア・スラッシュが代表的なもので、EXODUSを筆頭にTESTAMENT、DEATH ANGEL、FORBIDDEN、VIO-LENCE等が存在した。
片や暗黒化の旗印は当然SLAYERでCELTIC FROSTを筆頭にKREATOR、SODOM、BATHORY等が存在した。
今思えばお国柄なのか健全化はアメリカで、暗黒化はヨーロッパでどんどん波及して行った。
しかし、健全化であろうが暗黒化であろうがどちらもスラッシュメタルである事には変わりはなく、「スピード」を求める者にはどちらも好意的に受け入れられ(自分のその中の一人)スラッシュメタル全体はどんどん巨大化していった。

D.R.I / CROSSOVER

D.R.I / CROSSOVER

そして巨大化と共にシーンは細分化を見せ始める。
その中でも代表的なのがD.R.I、C.O.C等のバンドを筆頭とした"CROSSOVER"。
元々は純然たるハードコア・パンクとしてスタートしたバンド達がスラッシュメタルの盛り上がりによって、メタルリスナーはスピードに関してかなり耳慣れた状態になりメタルリスナーに受け入れられるようになっていった背景があったと考えている。
実際自分もそれまではメタルしか知らない人間であり、その当時はメタルよりもやかましい音楽だと思い込んでいたのがパンク/ハードコアだったし、とてもそこまでは手が伸びなかったが、自分もスラッシュにどんどんはまりこんでいくうちに、これらハードコア/パンクへの興味も自然と持つようになった。
あとMETALLICAがMISFITSのカヴァーをした事でもメタルリスナーのハードコア/パンクへの興味はかなり掻き立てられたと思われる。

スラッシュメタルが単なるアンダーグラウンドだけのものでなく世界的にも大きな盛り上がりを見せたのは前記したように1986年。
そしてそこからこのCROSSOVERもどんどん盛り上がりを見せるようになっていった。
当時のアンダーグラウンド・メタル・レーベルの代表的存在COMBAT RECORDSはCOMBAT COREというサブレーベルを発足させシーンの盛り上がりの一端を担っていたと言えるだろう。

ちなみにこのCROSSOVERというジャンル名ですが、これは間違いなくこれらのシーンの先頭にいたD.R.Iの3rdアルバム「CROSSOVER」のタイトルから来ていると思われる。
このアルバムはそれまではショートカットナンバー連発というスタイルから変貌し、10曲入りのかなりメタル寄りのアルバムでスラッシュメタルとハードコアのブレンドというスタイルがメタルファンにも多いに歓迎されたと言えるだろう。


S.O.D(STORMTROOPERS OF DEATH)
S.O.D / SPEAK ENGLISH OR DIE

S.O.D / SPEAK ENGLISH OR DIE

話が前後してしまうが、メタルとハードコアの中間的存在で最も双方のファンを熱狂させたのはS.O.D(STORMTROOPERS OF DEATH)で間違いないと思う。
スラッシュの盛り上がりは逆にそれ以前から存在していたパンク/ハードコア・ファンの反感を買うことにもなり、両者のファンは一種のいがみ合いをするような関係性が当時はあった。
以前ブラジル出身のSOULFLYのメンバーにインタビューした時に聞いた話だが、当時ブラジルではこのスラッシュメタル対パンク/ハードコアの抗争は実際に死者を出すほどに過激だったそうだが、このS.O.Dの登場により沈静化した程の影響力があったそうである。
ヴォーカルには後にハードコア・バンド、M.O.Dを結成するBilly Milano、ギターはANTHRAXのScott Ian、ベースにはANTHRAXの元メンバーでもあるNUCLEAR ASSAULのDan Lilker、ドラムにはANTHRAXのCharlie Benanteという布陣。
元々はScottとCharlieのお遊びが発端でスタートしたS.O.Dだったが、わずか三日で制作されたと言われる1stアルバム「SPEAK ENGLISH OR DIE」を1985年にリリース。
このアルバムは歴史的名盤と呼ぶに相応しい一枚である。
タイトルの「SPEAK ENGLISH OR DIE」というのも我々日本人にはなかなか衝撃的だったが、サウンドは更に衝撃的だった。
Scott Ianのこのアルバムで聞かせてくれたギター音は当時多くのギタリストに影響を与え、今でもこのアルバムのギター音が最強と考えているギタリストは少なくないはず。
更にスラッシュメタルよりも曲は短く、当然ギターソロはなく、矢継ぎ早に攻撃的というに相応しい曲が連発されたかと思いきや、突如お遊びのような曲まで収録され、数秒で終わる曲まで飛び出すという内容はスラッシュファンをノックアウトするのは容易だった。
そして今となって驚かされるのはこのアルバムではグラインドコアの象徴とも言うべきブラストビートと思わしきリズムがすでに打ち込まれていたことである。
現在のブラストビートと比べてしまえば「おせーよ」という意見は聞こえてくるだろうが、1985年時点でのこの速さは驚異的と言えるものだろう。
と、色々な意味で革新的な内容だった「SPEAK ENGLISH OR DIE」は名盤中の名盤と呼ぶに相応しい一枚である。
S.O.Dは前記した通りANTHRAXのメンバーを中心にしたバンドであり、ANTHRAXのハードコア好きな姿勢は大いにメタルファンの興味をハードコアへ向けさせたのは間違いないだろう。
そういう意味で当時のANTHRAXはハードコアとスラッシュメタルをボーダレスにした存在と言える。


WEHRMACHT / SHARK ATTACK

WEHRMACHT / SHARK ATTACK

こうした盛り上がりの中で1987年、アンダーグラウンドの中でも一際異彩を放つ伝説的レーベル、NEW RENSAISSANCEから昨年1月EXTREME THE DOJO番外編で初来日を果たしたWEHRMACHTが1stアルバム「SHARK ATTACK」でデビュー(記憶は曖昧だけど、確か当時BURRN!のレビューで一桁の得点をたたき出していたような…)。
これまた破天荒なまでのスピードで走り抜ける痛快な内容は今も記憶に鮮烈に残っている。

その他にはCRYPTIC SLAUTERやATTITUDE ADJUSTMENT、CRUMBSUCKERS等も話題となった。
また他にはAGNOSTIC FRONTやCRO-MAGS等完璧にハードコアなバンドまでこのクロスオーヴァー/スラッシュで語られる事も多かった。
前記したようにハードコア・ファンにスラッシュが全て好意的に受け入れられなかった背景にはこういうパンク/ハードコア・バンドがクロスオーヴァー/スラッシュとして扱われるというのも関係していたように思える。

これらのクロスオーヴァー系は後のグラインドコア勢へも影響を与えたと言えるだろう。
WEHRMACHTのメンバー、Eric(Vo)とMarco(Gu)が参加するバンドSPAZZTIC BLURRもWEHRMACHT同様にクロスオーヴァー系のサウンドであったが、唯一リリースされたアルバム「SPAZZTIC BLURR」はグラインドコアを世に排出したレーベルEARACHEよりリリースされていたし、NAPALM DEATHを排出したレーベルとしてその名を上げたEARACHEだったが、実はEARACHEの最初のリリースはハードコア/クロスオーヴァー系のACCUSEDだったりもしたのだ。


text by Jumbo