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歴史的検証

それぞれのメタル元年 その3 ~スラッシュメタル~ part.3

スラッシュ・メタルを先導した現在BIG 4と呼ばれるMETALLICA、SLAYER、MEGADETH、ANTHRAXは全てアメリカ出身のバンドであったが、スラッシュ・メタルの盛り上がりを語るうえでヨーロッパ勢を欠かす事は出来ない。
 中でもドイツ(当時は西ドイツ)は名産地と言えるほど数多くのバンドを産み出した土地だった。

ドイツ軍団を中心にヨーロピアン・スラッシュの進撃

SODOM / IN THE SIGN OF EVIL

SODOM / IN THE SIGN OF EVIL

KREATOR / PLEASURE TO KILL

KREATOR / PLEASURE TO KILL

スラッシュ・メタル以前にもSCORPIONSやACCEPTのような重要バンドを産み出して来た土地だけに、それもうなずけると言うもの。
中でもSODOM、DESTRUCTION、KREATORは当時も今もシーンを引っ張る存在と言える。
デビューはSODOM、DESTRUCTIONが1984年、KREATORが1985年。
 以前このコラムでも書いたように世界的にスラッシュ・メタルが大きなムーブメントとなったのは1986年。
というわけでドイツではそれ以前からこういったバンド達が躍動していたわけである。

この3バンド、どのバンドのデビュー作にも言える共通項はアメリカ勢のデビュー作に比べてかなり演奏力が乏しいという点である。
悪い言い方をしてしまえば、単なるヘタクソなのである!
が、しかしなんとも表現の難しいのだが演奏力が低い事は間違いないが、何故か引き込まれてしまう謎な魅力に溢れていた。
中でもSODOMのデビュー作「IN THE SIGN OF EVIL」は以前SIGH川島氏のコラムでも触れられていたように酷い内容にも関わらずカッコいいという奇跡の名盤。
SODOMに比べればDESTRUCTIONのデビュー作「SENTENCE OF DEATH」は演奏力では上回るがそれでも充分に荒削りな演奏を聞かせてくれる一枚。
SODOMが色々な意味で衝撃的だっただけに、その後に登場したKREATORはやや隠れた存在だったが、個人的にはKREATORの1st「ENDLESS PAIN」と2nd「PLEASURE TO KILL」の演奏力もまたなかなかに酷かった記憶が強い。
KREATORの2nd「PLEASURE TO KILL」がリリースされたのは1986年。
SLAYERの「REIGN IN BLOOD」と同年のリリースにも関わらずその演奏力の差は今聞いてもハッキリと分かる。
特にリズム/ドラムの荒さが目立ち、通常のスラッシュリズムよりも早くしようとするあまり、常につんのめりっぱはしの状態なのである。
しかしながらこの「PLEASURE TO KILL」もSODOMの「IN THE SIGN OF EVIL」と同様に酷い内容にも関わらず恐ろしくカッコいいという奇跡の名盤であり、個人的には今でもKREATORの最高傑作だと思っているし、後にこのアルバムからの影響がモロなバンドは世界各地から登場した。
この3バンドはすぐさまアメリカでの成功を収めるという事はなかったが、スラッシュ・メタルの盛り上がりと共に人気は上昇しシーンの重要バンドの地位を固めて行った。
この3バンドに先導される形でドイツからはDEATHROW、LIVING DEATH、ASSASIN、VIOLENT FORCE、VENDETTA、HOLY MOSES、MEKONG DELTA、DARKNESS、EXHUMER等多くのバンドが登場し話題となった。


CELTIC FROST / TO MEGA THERION

CELTIC FROST / TO MEGA THERION

数多くのバンドを排出した地域ではなかったがヨーロッパのスラッシュを語るうえでスイスのCELTIC FROSTは絶対に忘れてはならない。
HELLHAMMERを前身とするCELTIC FROSTは後のブラックメタルへの影響も絶大で、ドイツ勢に比べて突撃型と言うよりは、より邪悪で不穏な空気が充満していた存在だった。
1984年「MORBID TALES」でデビューを果たしアンダーグラウンドでは一躍名声を得ることに成功。
このアルバムの収録曲は後にSEPULTURAやBRUTAL TRUTH等数多くのバンドにカヴァーされたことからもその影響力の大きさは計り知れる。
1985年リリースの「TO MEGA THERION」のリリースにより一部のマニアを熱狂させる存在から一躍世界的な名声を得たCELTIC FROSTだったが、その後のスラッシュメタルの世界的な盛り上がりに乗って彼らはアメリカでの成功を求めてあまりにも大きく音楽性を変化させてしまったのは、残念を通り越して悲しくもあったし、多くのファンを愕然とさせた。


BATHORY

デスメタル・シーンの登場時には名産地として名高い存在となったスウェーデンだったが、スラッシュメタルにおいては名産地と言えるほど多くのバンドを排出したわけではなかったが、これもCELTIC FROST同様に忘れてはならない存在のBATHORYを産み出した。
一人スラッシュと言われたBATHORYは、実質Quorthonによるワンマン・バンドであった。
デビュー当時は日本ではSLAYERをよりドス黒く、コアにした存在として一部のスラッシュマニアの心を騒がせたが、自分の周りではこのBATHORYへの評価はまっ二つで絶賛する者とこき下ろす者が同時に存在していた記憶がある。
しかしながらこれも以前SIGH川島氏のコラムで触れられていたようにBATHORYが1987年にリリースした3rdアルバム「UNDER THE SIGN OF THE BLACK MARK」は現在のブラックメタルのお手本として決定的な一枚となった。
当時の日本のDEATHRASH MAYHEM等のファンジンでもかなり高い評価を受けていたのを記憶している。


とアメリカ先行型であったスラッシュメタルだったがヨーロッパでの勢力拡大によって世界的な大きな波となったのだ。
またSLAYER等はアメリカよりもまずヨーロッパで最初に人気を得て大きな存在となっていった記憶がある。
そういう意味でもヨーロッパはスラッシュメタルの重要な場所であったことは間違いない。

text by Jumbo