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歴史的検証

それぞれのメタル元年 その1 ~グラインドコア part1~

まず、GRINDという単語の意味だが、辞書では「〈穀物などを〉すり砕く,すりつぶす」となっている。
粉砕機をグラインダーとも呼ぶ事から考えれば、なるほどって感じですね。
NASUMの初来日した時に彼らが持参したバックドロックに書かれていた「粉砕」という文字がグラインドコアを表す漢字としては一番しっくりくるんじゃないかと今でも感じています。

そしてサウンドは以前他誌で書かれていた「ビルが爆風を浴びて骨組みだけになった感覚」というのが的を得た表現だと思う。
とにかく、前期した表現からも究極的に破壊的なサウンドである事は聴いた事がない人でも想像出来るのでは?
さらにグラインドコアの決定的な要素がブラストビートと言われる究極のドラムのスピード。確実にこれ以上早く叩くのは不可能と言い切れるスピードであり、それもまた破壊的なサウンドを更に衝撃的なものにしているし、その破壊力自体をかなりハイレベルなものへ押し上げている。
今やこのブラストビートも登場からかなり時間が経過し、今や特別なものではないと言える程に多くのグラインドコア/デスメタル以外のジャンルで多種多様に使われている。しかしこのブラストビートの原点はグラインドコアにあり、NAPALM DEATHのMick Harrisこそがその先駆者であると個人的には考えている(という偏見を持っているので、最近のデス/ブラックメタル系のツーバス・ブラストにはやや違和感を覚える)

FOOL'S MATE 1989. JANUARY ISSUE
FOOL'S MATE 1989. JANUARY ISSUE
FOOL'S MATE 1989. JANUARY ISSUE

この“グラインド・コア“という名称が登場してからすでに20年以上の時間が経過している。
この言葉はジャンルとしてすでに確立されているのは明らか。 では、この名称がいつどのよう命名され、浸透して行ったのか? いきなり身も蓋もない話で申し訳ないが、これはもはや定かではないし、これを究明するのはかなり難しい気がする。 ただ、自分の記憶ではこのジャンル名が浸透し始めたのはNAPALM DEATHの2ndアルバム「FROM ENSLAVEMENT TO OBLITELATION」がリリースされた1988年頃だったと記憶しているし、実際にこの頃からデスメタルも入り交じり、グラインドコア・バンド達の活動もどんどん活性化されていった。
日本の雑誌(ファンジンは除く)でこのあたりのシーンを初めて紹介したのが、まだ小さいサイズの頃の「FOOL'S MATE 」の1989. JANUARY ISSUEで特集された「GRAND SLAM NEW CORE 絶え間なき怒りが手に入れたインパクト総結集戦術」という記事だった事を記憶している。

NAPALM DEATH「SCUM」THANKS LIST
NAPALM DEATH「SCUM」
THANKS LIST

NAPALM DEATH登場前からグラインドコアの礎になったファストなハードコアバンドは存在していた。
中でもイギリスのHERESY、アメリカのSIEGE、REPULSION、オランダのLARM、そして日本のS.O.B等がNAPALM DEATHにも影響を与えたバンド達であり(NAPALM DEATHの1stアルバム「SCUM」の中のTHANKS LISTの中で「ultra-mega giant thanks to siege & repulsion - two ultimate bands for inspiration」と記載されている)、彼らの存在なくしてグラインドコアの完成はなかったと言っても言い過ぎではないと思っている(しかし彼らのスピードは今で言うブラストビートまで速くはないが、既存のハードコアよりは確実に速かった。
S.O.Bがレコードデビューした時には触れ込みとしては「日本最高速のハードコア」だった)
そのNAPALM DEATHにも影響を与えたS.O.BとNAPALM DEATHの交流は今をもって考えても歴史的な事件であったと言えるだろう。

NAPALM DEATH/S.O.B-Split Flexi
NAPALM DEATH/S.O.B-Split Flexi

最初はNAPALM DEATHのレコードのTHANKS LISTの中にS.O.Bの名前を見つけ、S.O.Bのヴォーカル、Tottsuanが直接連絡を取るようになったのがきっかけだと後にインタビューで語っていた。考えてもらいたい、この時代はインターネットは勿論、メールも携帯も存在しない時代だ。海外との連絡手段は手紙しかなかった時代だ(その数年後にFAXが普及する)、その時代に海外のバンド達とコンタクトをとるだけでもなかなか今のように気軽にはいかない時代である。
にも関わらず、NAPALM DEATHとS.O.Bの交流はどんどん深まり、1989年にはNAPALM DEATH/S.O.B-Split Flexi(今は亡きソノシート)がリリースされ、S.O.B初のイギリス/ヨーロッパ・ツアー、そしてNAPALM DEATHの初来日公演が実現したのである。これは事件と言っていい。

この時代は今に比べれば海外からバンドが来日するということ自体が珍しい事でもあり、しかもこういったアンダーグラウンドでの交流から来日公演が実現するケースはもの凄く珍しいことでもあった。

参考資料(当時Tottsuanからいただいた貴重な資料達)

NAPALM DEATH/S.O.BのUK/ヨーロッパツアーのチラシ S.O.Bは出演しないが、当時TOTTSUANが現地で入手した貴重なフライヤー フライヤーと一緒にいただいた貴重な刺繍パッチ ツアー後に限定リリースされたライヴEP

L⇔R
※ NAPALM DEATH/S.O.BのUK/ヨーロッパツアーのチラシ
※ S.O.Bは出演しないが、当時TOTTSUANが現地で入手した貴重なフライヤー
※ フライヤーと一緒にいただいた貴重な刺繍パッチ
※ ツアー後に限定リリースされたライヴEP

NAPALM DEATH初来日公演 NAPALM DEATH初来日公演

NAPALM DEATHの「FROM ENSLAVEMENT TO OBLITERATION]がリリースされた1988年には、METALLICAが「AND JUSTICE FOR ALL…」、SLAYERが「SOUTH OF HEAVEN」、MEGADETHが「SO FAR, SO GOOD、SO WHAT」等をリリースした年で、まだまだスラッシュメタル全盛の時代。この時代DEATHはすでにデビューはしていたが、MORBID ANGEL、ENTOMBED等の後のデスメタルシーンの立役者となるバンド達はまだアルバムデビューはしておらず、グラインドコアとメタルとの接点はこの時点では、まだほぼなかったと記憶している。
実際に当時のNAPALM DEATHもイギリスのハードコア・シーンを中心に活動しており、ELECTRO HIPPIES、RIP CORD、HERESY、EXTREME NOISE TERROR等と共にDISCHARGE以降の新たなハードコアとして紹介される事が多かったし、実際にそういったハードコアバンド達との共演が多かった(むしろメタルバンドとの共演はこの時代にはほとんどなかった/S.O.Bもこの時代は完全にハードコアシーンで活動しており、NAPALM DEATH一回目の来日公演の共演バンド達は全てハードコアシーンで活躍していたバンド達だった)。
「ハードコアの究極スピード」というのがグラインドコアの最初の世間での認識であったと思う。

その後NAPALM DEATHをリリースしていたEARACHE RECORDSはMORBID ANGEL、CARCASS、ENTOMBED等のデスメタルを次々にデビューさせ一大ムーブメントを起こした。
自分もそうだったし、実際にやっていたメンバー達もそうだったようにグラインドコアが好きな人間には当時の初期デスメタルは同じように大好物で、両者の交流は当然のように盛んに行われた。デスメタルとグラインドコアの交流が起こる事でデスメタルバンドもブラストビートを多様するようになる(DEATHやENTOMBEDのように終始ブラストビートは使用しないデスメタルバンドも存在した)
MORBID ANGEL、CARCASS、ENTOMBED等がレコードデビューする前からこういった交流は行われていたが、ここでもまた考えてほしい。今のように簡単に音楽をインターネットを経由して送るなんて事の出来ない時代、彼らはカセットテープにダビングをして国際郵便で郵送するという今考えればチョー面倒な作業を繰り返して交流を行っていた。そういう人たちの存在をテープトレーダーと呼ぶ(自分自身もテープトレーダーだったし、NAPALM DEATHのメンバー等もそう)。

1989年頃からMORBID ANGEL、CARCASS等もレコードデビューを果たし(ENTOMBEDは翌年1990年デビュー)。
グラインドコアもまじえてデス/グラインドは大きなムーブメントとなり、NAPALM DEATHはその中心バンドとなっていく。
その中で、NAPALM DEATHはメンバーチェンジ(現メンバー、Barney(Vo)、Mitch(Gu)が加入)もあり、3rdアルバム「HARMONY CORRUPTION」で一気にデスメタルに寄ったサウンドを披露。その逆にHERESY、EXTREME NOISE TERROR等のNAPALM DEATH登場当初に共に活動していたハードコアバンド達は、NAPALM DEATHと同じようにメタルサイドへ寄るという感覚を拒否し、その後も一途にハードコアシーンに身を捧げて行った。


と、まずは特集の第一弾としてここまでとさせていただきます。次回更新はこの続きを掲載予定です。 よろしくお願いいたします。

text by Jumbo