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Hall of Fame

第十五回殿堂入りアルバム

2017/05/30

De Mysteriis Dom Sathanas / Mayhem

Mayhemのファースト・フルアルバム『De Mysteriis Dom Sathanas』は、ブラック・メタルというジャンルを象徴する作品であると同時に、まったくブラック・メタルらしからぬアルバムでもある。つまりこれは、この世で最もブラック・メタルなアルバムであると同時に、この世で最もブラック・メタルらしからぬアルバムでもあるのだ。

De Mysteriis Dom Sathanas / Mayhem

収録

Funeral Fog
Freezing Moon
Cursed In Eternity
Pagan Fears
Life Eternal
From The Dark Past
Buried By Time And Dust
De Mysteriis Dom Sathanas

 Mayhemのファースト・フルアルバム『De Mysteriis Dom Sathanas』は、ブラック・メタルというジャンルを象徴する作品であると同時に、まったくブラック・メタルらしからぬアルバムでもある。つまりこれは、この世で最もブラック・メタルなアルバムであると同時に、この世で最もブラック・メタルらしからぬアルバムでもあるのだ。

 94年にリリースされたブラック・メタルの金字塔『De Mysteriis Dom Sathanas』。本作の曲作りは、1987年頃には始まっていたようだ。だが、この作品が日の目を見るには7年の年月を要した。なぜならこのアルバムが完成するまでには、紆余曲折を経ねばならなかったからだ。それもただならぬ紆余曲折を。このアルバムを最もブラック・メタルたらしめているもの。それは完成までにメンバー2名が命を落とし、そして完成したアルバムには、殺人の被害者と加害者が同時に参加しているという、世間の常識では考えられない因縁にある。
 88年初め、DeadはヴォーカリストとしてMayhemに加入するため、スウェーデンからノルウェーへと移住する。『De Mysteriis Dom Sathanas』は、本来このDeadがヴォーカルを務める予定であった。だが結局91年4月8日、Deadは自らの命を断ってしまう。もともと鬱病の気があり、パーティ中に飛びおり自殺をしようとしたこともあったというDeadだが、ついに本当に猟銃で頭を打ちぬいてしまったのだ。『De Mysteriis Dom Sathanas』に収録されている曲の歌詞の殆どはDead の手によるものだが、彼の遺した言葉の端々からは、本物の狂気を感じることができる。例えば名曲「Life Eternal」(というかこのアルバムは全曲名曲なのだが)からの一節、「俺は不死身ではないが、俺は人間なのだろうか?」。これ、そこらの中2病のやつなら「俺は不死身だ!」と書いてしまうはず。常に死を思い、実際に自らの命を断ってしまったDeadの言葉こそ、ブラック・メタルの世界観そのものだ。ヴォーカリストとしては『De Mysteriis Dom Sathanas』に参加することができなかったDeadだが、彼の遺した歌詞は、確実にこのアルバムの要の一つになっている。
 Deadの死後、後任としてハンガリーからAttila Csiharが呼び寄せられ、本格的にアルバムのレコーディングが始められる。主に資金的な問題で、なかなか録音作業は進まなかったようだが、それでも何とかアルバム完成間近までこぎつけた93年8月、再びMayhemを悲劇が襲う。ギタリストのEuronymousが刺殺されたのだ。しかも犯人は、このアルバムではベースを担当していたBurzumのCount GrishnackhことVarg Vikernes。Euronymousの両親の依頼でVargのベースは削除、代わりにドラムのHellhammerがベースを弾き直した。表向きの発表はそうなっている。だが実際は、Vargのベースは消されることなく、そのまま使われている。かくして『De Mysteriis Dom Sathanas』は、完成までに2名の死者を出し、さらに殺人の被害者と加害者が同時に参加しているという、たぐいまれなる因縁を持ったアルバムとなったのである。

 では『De Mysteriis Dom Sathanas』がブラック・メタルらしからぬ点とはどこか。言うまでもない、音楽面すべてだ。『De Mysteriis Dom Sathanas』というブラック・メタル史上に燦然と輝く大名盤は、その実一切ブラック・メタルらしからぬ作品である。絶叫ヴォーカルにチリチリのギター・トーン、劣悪な音質がブラック・メタルを特徴づける要素だとしたら、『De Mysteriis Dom Sathanas』はそのいずれも持ち合わせていないではないか。特に劣悪な音質に関して、Euronymous自らが「ブラック・メタルの音質は悪くなくてはいけない」と、ことあるごとに喧伝していた。だからレコーディングの際、Burzumはわざわざイヤホンをマイク代わりに使用したし(イヤホンでも録音可能なのである!)、Darkthroneは敢えて超小型の激安アンプを用意した。これは明らかに、当時トレンドであったデス・メタル、特にMorrisound Studio産のクリーンな音質に対するアンチテーゼであった。Venom、Hellhammer、Bathoryを見てみろ。イーヴルな作品というのは、音質も劣悪でなくてはならない。そうEuronymousは主張していたし、その主張には説得力もあった。しかし電話越しに、『De Mysteriis Dom Sathanas』のレコーディングの進捗を尋ねたときの彼の答えを、今でもはっきり覚えている。「少しずつだけど、進んでるよ。とにかく素晴らしい音質なんだ!」何じゃそりゃ。ついこの間「Darkthroneのアルバムを音質が悪いなんてホザいているやつは、音楽というものをわかっていないね。」なんて言っていたではないか!「レコーディングではフレットレスのベースも使ってみてるんだ」とも言っていた。ブラック・メタルはプリミティヴであるべき、というEuronymousの主張とは裏腹に、『De Mysteriis Dom Sathanas』はとにかく革新的な、他に類をみない作品を目指して作られていたのだ。そして完成した『De Mysteriis Dom Sathanas』は、ブラック・メタルを象徴する作品であると同時に、ブラック・メタルとしてはまったく特異な作品となったのだ。そして、これはMayhemを代表する作品である一方、Mayhemとしての異色作でもある。『De Mysteriis Dom Sathanas』に近いアルバムと言われても、私は何も思いつかない。そりゃそうだろう。Deadが歌詞を書き、Euronymousがギターを弾き、Vargがベースを弾いている。こんな特別なアルバム、他にあるはずもないし、今後再び作られることもありえない。まったくもって唯一無二の作品。『De Mysteriis Dom Sathanas』は『De Mysteriis Dom Sathanas』というジャンルの作品とでも言うべきものであり、これはつまり究極的にブラック・メタルであると同時に、究極的にブラック・メタルでないという矛盾を止揚した永遠の名作なのだ。

川嶋未来/SIGH



激怒と憎悪にまみれた禍々しい悪の華を広く世に撒き散らしたMAYHEMと「DE MYSTERIIS DOM SATHANAS」。その完全再現ライヴはまさに、歴史的忌忌しき事態。

 ノルウェーのアンダーグラウンド・シーンに君臨する近代ブラック・メタルの始祖にして絶対者にして諸悪の根源、MAYHEMがこの9月にまたまた日本へとやって来る。しかも今回は、彼らが世界にその悪名を轟かすよすがとなった1stフルレンス「DE MYSTERIIS DOM SATHANAS」を完全再現するという特別な使命を帯びていると聞く。これは確かに、忌忌しき事態に相違ない。
 古くからの愛好者の中には「なぜ『DEATHCRUSH』じゃないんだ!」とか「完全再現するんなら『LIVE IN LEIPZIG』のセットリストで!」などとおっしゃる向きもあろうかとは思うが、そもそもMAYHEMが初めて日本の地を踏んだのはほんの10年ほど前のこと。それからはたびたび来日公演も行なわれるようになったが、2008年に『EXTREME THE DOJO VOL.20 SPECIAL!』で実現するまでは、MAYHEMのライヴを日本で実体験できる日が来るなんてとてもとても信じられなかった。つまりあれは、それほどありえない出来事だったのだ。
 だいたい、いわゆるフツーのメタル・ファンが彼らとその周辺によって引き起こされた血なまぐさい事件の数々を知るようになったのは、英国の老舗音楽誌『KERRANG!』が特集記事を出した1993年頃から。
あるいは当初は凶悪なテロリスト達の秘密結社のごとく喧伝されていた“インナー・サークル”が、実はオスロにレコード店『Helvete』を開いていたユーロニモスとその友人達による同好の集まりのようなものだったことも、マイケル・モイニハンとディードリック・ソーデリンドによる著作『LORDS OF CHAOS(邦訳は『ブラック・メタルの血塗られた歴史』)』が上梓された1998年以降に広く知られるようになった事実だ。すなわちMAYHEMとは、日本の一般的なメタル・ファンにとっては“長らくその名を知られていながら、長らくその実態をつかむことのできなかった都市伝説のごときバンド”だったのだ。しかし驚くべきことに、何度その姿を晒してもなお彼らの底知れない不気味さや凶悪さや剣呑な威圧感は少しも減じてはいない。それこそ本物の本物たるゆえん。“幽霊の正体見たり枯れ尾花”どころか、“幽霊の正体見たら本物すぎてますますビビって座り小便ただ土下座(字余り)”てなもんである。
 ブラック・メタル・ファンを自認するなら、いや少なくともエクストリームを愛する向きなら、むろんこの機会を逃す手はない。激怒と憎悪にまみれた禍々しい悪の華を広く世に撒き散らしたMAYHEMと「DE MYSTERIIS DOM SATHANAS」。この上なく物騒だがこの上なく貴重な歴史的完全再現ライヴに、ぜひお立ち会いいただきたい。

山口勝正



執筆陣がすごい皆さんだと事前に知ってしまい、僕は特に書くことがない状態になるに違いない……と直感したので、『De Mysteriis Dom Sathanas』を肴にだらだらと、僕とブラックメタルにまつわる恥ずかしい高校生時代の思い出を綴ろうと思います。

『De Mysteriis Dom Sathanas』のオリジナルがリリースされた当時、僕は高校生。ちょうどRoadrunner RecordsやEarache Recordsの黄金期が第2波に突入した頃でした。学校のパイセンたちにOBITUARYやSUFFOCATION、MORBID ANGEL、NAPALM DEATH、CARCASSなどを教わりつつ、リアルタイムで接したのはBIOHAZARD、FEAR FACTORY、TYPE O NEGATIVEなんかだったわけです。SEPULTURAは『Chaos A.D.』CARCASSも『Heartwork』だったし、パイセンたちとは違うものをディグるぜ!というエゴもあるじゃないですか。わざわざPUNGENT STENCHやMACABREを選んで買ってみたり。その流れでEaracheの中でもビミョーに人気のなかったGODFLESHやPITCHSHIFTER、OLDなんかにどっぷりハマりました。そこからマシーン・ビートが好きになり、MINISTRYやNINE INCH NAILSからOn-U Soundを知ってレゲエ / ダブに触れたり、全盛だったWarp RecordsやR&S Records、Harthouse、Tresorの作品をとにかくチェックしたり、APHEX TWIN経由でコンテンポラリー・ミュージックを調べるようになったり、でもGODFLESHのルーツが気になってクラストパンクやインダストリアル・ミュージックを漁ってみたり。DJ KRUSHさんやAUDIO ACTIVEみたいに、世界で活躍するサンプラーの使い手が日本から現れた衝撃も大きかったです。そんなわけで、人からしたらめちゃくちゃに見えるかもしれない音楽生活を送っておりました。インターネット以前ならではの情報の少なさのせいでもあるし、お金がなくて、中古でもCDやレコードが高い人気者は聴けなかったというのもあります。MY BLOODY VALENTINE(というかKevin Shields)の存在もGODFLESH経由でMAIN(Robert Hampson)なんかと一緒に知ったり、ENTOMBEDより先にCOMECONやGRAVEを知ったくらいなので。それでも、なかなかブラックメタルには辿り着かなかったんです。VENOMですら、MINISTRYがサンプリングしてるという理由で知ったほどでした。それだけアンダーグラウンドで、自発的な欲求がなければ聴くことができないカテゴリだったのだと思います。

生まれて初めてゲットしたブラックメタル作品は、中古で買ったIMMORTALの『Diabolical Fullmoon Mysticism』でした。レコファンで、500円くらいだったかな。中古とはいえリリースされたばかりなのに、この値段!なんか火噴いてるし!いまどきメイク!? まじで!? この値段納得だわ…みたいなノリで手にしたんだと思います。でもその作品が妙に気になって、そこからOsmose Productionsのロゴがついていて、かつ1,000円でお釣りがくる値段の中古品であれば買うようになり、ABSUやBLASPHEMY、IMPALED NAZARENE、ROTTING CHRIST、SADISTIK EXEKUTIONなんかと出会いました。とにかく中古品が安かった!最初はよくわからなかったけど、大好きなSEPULTURAの過去やSARCOFAGOと照らし合わせることで、好きになるのに時間はかかりませんでした。ダブりのパイセンが“音がシャリシャリで聴けねぇ!”ってキレ気味にCDをくれたSEPTIC DEATHや初期のSODOM、GODFLESH経由で知ったUKのハードコアパンクや、Max Cavaleraがパンツにペイントしていたスカンジクラストを耳にしていたことも大きかったように思います。ただ一応、高校生なりの世間体というものがあって、五寸釘リスト&白塗りのグシャグシャしたメタルを聴いているとは周囲にまあ、言わないっすよね。PORTISHEADやDJ SHADOW、『Waveform Transmission』シリーズ、PRONG経由で知ったSWANSやKILLING JOKEなんかを聴いてスカしてたわけです。誇らしく思うようになったのは、やっぱりSIGHの存在を知ってからですね。

五寸釘リスト&白塗りのシャリシャリが“ブラックメタル”というカテゴリだと知ったのは、結局高校を卒業してからのことでした。単純に行動範囲が拡がって、ライヴに行ったり、それまで行かなかったレコード屋さんに行くようになったから知ったのかな。ちょうどEMPERORの『Anthems to the Welkin at Dusk』が話題になって、ブラックメタルがクローズアップされていた時期だったからかもしれません。BURZUMという大御所がいること、DARKTHRONEの存在感、そしてMAYHEMにまつわるあれこれ。ブラックメタルがブラックメタルたる諸々を、なんだか遠回りして理解したんですね。で肝心の『De Mysteriis Dom Sathanas』については、あらゆる意味でエクストリーム過ぎるBURZUMと同様に如何わしさは充満してるけど、ずいぶんちゃんとしたロック・アルバムだなあ、という感想を持ちました。パンクロック的なロックの危険サイドをきちんとミュージシャンが構成しているというか。オリジナルのパンクロックが下敷きにしたロックンロールを、そのままオールドスクールなスラッシュに置換したみたいな。当然、日本の伝説的な80sメタルコアとの近似点も見出せましたし。EMPEROR『De Mysteriis Dom Sathanas』に関しても、音響的なアプローチできちんとしているし、攻めていると感じました。そう思ってからブラックメタルのイメージがガラっと変わって、より音楽として真面目に(?)接するようになった次第です。だから、そこから何年か経過して、ブラックメタルのフィールドからポストパンクやシューゲイズに接近したり、テクノやアンビエント、ノイズ/インダストリアルにアプローチする連中が現れても、必然として受け止められました。そういう変遷がまた、僕のめちゃくちゃっぽい音楽の聴き方を受け入れてくれているようで嬉しかった(FenrizさんがPLASTIKMANのタトゥを入れてるとかね!)。だからターニングポイントとなった『De Mysteriis Dom Sathanas』は僕にとって、“肯定”の一枚なんです。

久保田千史


text by 川嶋未来/SIGH / 山口勝正 / 久保田千史