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SPEAK OFF THE CUFF !

コラム

馬の耳に念仏

第11回 パンク全盛期はいつなんだ?

ニューヨークでパンク全盛期が1972年頃だった、ということはどういうことなんだろう。
前回書いたように、間章の文章を久しぶりに読んでから、いろいろ調べちゃいました。
パンク・ロックはニューヨーク・アンダーグラウンドに繋がっていること。
B.O.C

渋いB.O.C

N.Y.D

ケバいN.Y.D

ニューヨークでパンク全盛期が1972年頃だった、ということはどういうことなんだろう。
前回書いたように、間章の文章を久しぶりに読んでから、いろいろ調べちゃいました。
パンク・ロックはニューヨーク・アンダーグラウンドに繋がっていること。

第一期は前衛運動、アヴァンギャルド・ムーヴメント。
バンドはThe FugsとVelvet Underground。

第二期はヘヴィー・メタル・ムーヴメント、ポスト・フリークアウト。
バンドはNew York DollsとBlue Oyster Cult。

第三期はパンク・ムーブメント。
バンドはRamones、Television、、Heartbreakers、SuicideとPatti Smith Group。

B.O.C

B.O.C

Live は5人でポーズを決める

N.Y.D

N.Y.D

シャドウ・モートン(右端)と一緒



KISS

KISS メイクが今と違う

KISS

1974年のライブ写真

Jobriath

Jobriath ピエロな写真

"1972年頃が全盛だった"のは、どう見たって第二期になるから、ヘヴィー・メタル・ムーヴメントじゃないかと思ってしまったわけですね。
そうなると、KISSが無いじゃん、とか、"謎の”Jobriathは?と余分なことを考えてしまったのです。

何しろ、KISSのファーストとセカンド『地獄のさけび』はニューヨーク地下世界のバンドと思って聴いていたので、個人的には、New York DollsやBlue Oyster Cultと同じだったんです。
いま聴いても、KISSのファーストは70年代初期のアングラ臭がプンプンしています(1973年10月にニューヨークで録音)。
何しろ、スピード感を押さえて抑圧された雰囲気に満ちている。
とくにアルバムB面のギター・サウンドは、イギリスのバンドよりも、Lou Reedのライブ・アルバム『Rock'n'Roll Animal』のDick WagnerやSteve Hunterのように、摩天楼で行き場を失って鳴り響く都会的な硬質な音作りだし、インストの「Love Theme From Kiss」はノリがアングラ臭いし、「100,000 Years」や「Black Diamond」に至っては、インテリ臭さがプンプンしています。
もっとも、セカンド『地獄のさけび』は西海岸に行って録音し、整理されたロックな音になって、KISSは地上の世界に進出して行きました。

Jobriath『謎のジョブライアス』ジャケット

ついでに、もう一人"謎の"Jobriathも書いておきましょう。
何しろ、この人のこと書いてくれる人があまりいないですから。
アルバムは『Jobriath(1973年)』、『Creatures Of The Street(1974年)』と2枚出ています。

当時の日本盤タイトル(邦題)が凄くて『謎のジョブライアス』、『頽廃の街角/ジョブライアス ーロマンティック・コメディー 』です。
まあ、New York Dollsのセカンドだって『悪徳のジャングル』なんだから、何となく、ニューヨーク地下世界の音楽はこういったイメージだったんでしょう。
私だって、この邦題を見て興奮していたものです。
音はひと言でいってしまうと、David Bowie影響下のグラム・ロックです。
実際に聴いてもらうと、”ちょっと違うんじゃない”という意見が出て来ると思います。
演劇的要素を感じ取ったり、ポップ・ミュージックそのものだったりするから。
グラムの範疇ですが、今日的な”ヘヴィー・メタル”ではないです。
モリッシーがファンなので、彼の働きかけでベスト盤CD『Lonely Planet Boy(2004年)』がリリースされ、その後長い間忘れられていた2枚のアルバムもCD化されました。


Teenage Lust

Teenage Lust

Magic Tramps

Magic Tramps

Harlots Of 42nd Street

Harlots Of 42nd Street

ムーヴメントと言うからには、多くのバンドが居たはずなのに、何しろ情報が少ないので、New York Dollsのコンピレーション・アルバム『Rock'n'Roll』にLenny Kayeが記した文章からひも解いて行くと、何となくバンドが見えて来ます。
Teenage Lust、Eric Emerson's Magic Tramps、Harlots Of 42nd Street といったところです。
文章から察するとグラム系のパンドに人気があったみたいです。
そういえば、Ramonesも当初Alice CooperやSladeのようなグラムをやろうとしていたみたいなので、ニューヨークで流行っていたポスト・フリークアウトはグラムに直結していたと思います。
まあ、飛び抜けて人気のあったのはNew York DollsとBlue Oyster Cultでした。

チラシ1 チラシ2

1972年頃を第二期のヘヴィー・メタル・ムーヴメント、ポスト・フリークアウトの時代として整理しバンドを増やして行くと、次にやって来るPatti Smithが時系列ですんなり入ってきます。
Patti Smith「Hey Joe / Piss Factory」の録音が1974年6月5日になっています。
このシングルで、Tom Verlineも登場です。

もっとも、私はリリース後すぐにこのシングルを聴くことが出来なかったため、1977年になって、Patti SmithやTelevisionのアルバムを聴いた後に初めて耳にしました。

Hey Joe

Hey Joe

再発シングルのジャケット

Hey Joe

Hey Joe

レコーディングは1974年6月5日のクレジット




僕はランチにでかける

間章:僕はランチにでかける

パンクに話を進めましょう。
個人的な思いとして、当時(1977年)、間章の「パンク・ロック論のための覚書」(”ZOO"1977年1月号)を読んで、”いろいろ影響を受けていたんだなあ”、といったところです。

「<パンク・ロック>はまさに過程の音楽、現在進行形のロックなのだ。」

この言葉に同意したから、それまでのロックを捨てて、パンクに突っ走ったと思います。
真っすぐな私は、1977年から1982年まで、自分がパンクと判断したレコード以外いっさい購入することを止めています。
同時代に洋の東西を問わず同世代の多くの人が同じようなことを行っていたことを後から知ると、みんな同じ感覚を持っていたんだと納得する次第です。

「”パンク・ロック”現象は本質的にロックをロックに送り返し、ロックの己が姿と出会わせるフィード・バックのムーブメントなのである。」
「音楽の底にある悲しさや空ろさは決してノスタルジーだけによるものではなく、それは”ロックの現在”をアイロニカルに照らすひとつの作用を持っているからなのだ。」
「”パンク・ロック”が有しているもの、それはロックの現在のありようとロックの歴史に対するこのアイロニーの力だといえるだろう。」
(「パンク・ロック論のための覚書」より)

ニューヨーク・アンダーグラウンドの音楽をベースにしているのですが、これらの言葉は、今も有効ではないかと考えます。

今回、まだパンク・ロックの時代に突入出来ていません。
この「パンク・ロック論のための覚書」を読んだ時は、CBGBのライブ・アルバムを知らなかった頃です。
この直後、何しろ、一気にパンクの波はやって来て、それまでの価値観を変えてしまったのです。
1990年代に、ニューヨーク・パンクを検証する本が出ていて、その中の代表作は『ルーツ・オブ・NYパンク(From Velvets To The Voidoids):クリントン・ヘイリン著、林洋子訳』と『Please Kill Me:Legs McNeil、Gillian McCain著』でしょう。

次は、この本を参考(あくまで参考)に、いよいよパンクに突入です。



text by TAYLOW / the原爆オナニーズ