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SPEAK OFF THE CUFF !

コラム

馬の耳に念仏

第5回 PUNK BRITANNIA PART2

熱狂のうちに終わったロンドン・オリンピック2012ですが、開会式と閉会式に驚きました。
開会式で、SEX PISTOLSはかかっちゃうし、エリザベス女王は映像で笑わせて、女王本人が登場しちゃうんだから。
閉会式に至っては、”英国音楽の振興”そのものでした。

日本の放送では全く話に出なかったのですが、Elbowが各国選手入場時に演奏をするといったように、現在イギリスで大人気のバンドを要所要所で使っていて、大御所(The Whoを見ることが出来たのは、ラッキーでした)だけではなく、新しいバンドを紹介するところは、知的財産、著作物を売り込む姿勢が明らかでした。
この感覚が”グレート・ブリテン”が培った、自分達が持っている、”世界市場に有効な資源はなにか?”を考え、お金をかけずに、発想で勝負するところは、素晴らしいところだと思いました。
ロンドン・オリンピックなのに、競技を行った場所を確認していくと、実際はグレート・ブリテン・オリンピックでした。
スコットランドのグラスゴーやウエールズのカーディフ、イングランド北部のマンチェスターといった具合に、日本だったら、札幌、福岡、大阪で競技を行っているようなロケーションでした。
日本で同じようなことが出来るか?と考えると、経済界を中心に官僚が”お金を回す”ことを中心に、相変わらずのパターンで行うんだろうなあと思わざるを得ない現状に、ちょっとうんざりしてしまいました。

さて、イギリスのパンクロックの続きです。
今回は、パンク第2世代(Second Generation Punk)~パンク第3世代です。
時期的には、1977年初夏に始まり、1978年春~夏の間で終わります。この後は、ポスト・パンクの時期になります。
この辺りも、全く分からない話ばかりになりそうなので、当時の状況を踏まえつつ、書いて行きましょう。

Sham69 1st シングル

Sham69 1st シングル

逮捕されるJimmy Pursey

逮捕されるJimmy Pursey

Vortexのチラシ

Vortexのチラシ

前の回で、パンクス対テッズ抗争とさらりと流しましたが、1977年は、パンクス(イギリスの人はパンクロッカーと言っていた)の登場により、かつて勢いのあった”族”が復活しました。
1950年代後半に一大勢力だった”テッズ”(テディー・ボーイズ:語源はエドワード調の服を着込んで粧しこむ人のこと)、1960年代初頭の、”ロッカーズ”、”モッズ”、そして、1960年代後半から1970年代初期に元気のよかった”スキンズ”(元々は、モッズの一部だったが、髪型を坊主にした過激な人達が分派していった)が、パンクとつるんだり、抗争したりということになりました。
グループ分けをすると、パンクス.スキンズ、モッズがお友達、テッズとロッカーズがお友達という感じです。
音楽も、前者がソウル、レゲエ、60年代のロックを好むのに対し、後者は50年代のロックンロールを好む一群ということになります。
しかも、この現象はイギリスだけの話で、世界的なパンクロックの広がりとは何ら結びつかないところ、あまり政治的ではないところが、この時点ではありました。
しかし、1977年夏、Lewishamの暴動により、ちょっと情勢がおかしくなります。
この暴動は、イギリスの国民戦線(National Front:”Keep Britain White"がスローガン)のデモ行進に、この地域に住む移民、有色人種が挑発され暴動となったものです。
パンクも、この時期から、ファッションと音楽を主体として、仲間を形成していた動きから、階級を巻き込んだ動きになって行きます。
パンク第1世代のバンドは、中流階級出身者と労働者階級出身者が入り交じっていたのに対し、パンク第2世代は、労働者階級の人達を中心としたバンドの活躍が目立って来ます。
代表するバンドは、Sham69です。
一日の労働から解放されて、ビールを一杯飲んで、一緒にうたを合唱するような感覚に溢れているところが、彼等の魅力です。
ポゴ(タテ乗りで、ピョンピョン飛び跳ねる)出来るスピードで演奏をして、歌詞は(「George Davis Is Innocent」に代表される)ゴシップネタが多いタブロイド新聞に載っている内容を置き換えたかのようなものが多く、何しろ分かりやすいところが特徴です。彼等のファーストシングルは、パンク・クラブ”VORTEX”2号店オープニング(1977年9月23日)ライブで警官に連行されるJimmy Purseyの写真で有名です。
余談ですが、このVORTEX、2号店というだけでも驚きですが、24時間営業という、1977年当時ではあり得ないことが、チラシに書いてありました。

それでは、パンクを知ってパンクになった、パンク第2世代のバンドがいかに沢山あったのか、少しだけリストアップしてみましょう。
バンドがスタートした時期は1976年頃でも、名前が出て来た時期(ライブをする、またはレコードを出す)が1977年春以降のバンド達です。
The ModelsManiacsCelia & The Mutations、Art Attacksといった、時期的に第2世代に入るものの、本質的には第1世代とそれ程変わらないバンドから、The LurkersMenaceRaped、といった、労働者階級出身であることを売りにして登場して来たバンドまで、同じように括られます。
地方都市からのバンドの登場も多く、中部の工業都市バーミンガムのKilljoys(Dexy's Midnight Runnersを結成するKevin Rowlandがいた)、Suburban Studs(その名もズバリPOGOレコードからリリース)、Neon Hearts(Suburban Studsのファーストシングルで格好良いサックスを披露していたメンバーが加入したバンド)、ケンブリッジのThe Users(「Sick Of You / I'm In Love With Today」は必聴)、リバープールのSpitfire Boys、ハルのDead Fingers Talkという具合に、数多くのバンドが登場しています。シングル盤1~2枚で消えていったバンドが多いのも、この時期のパンクの特徴でしょう。


Modelsのシングル

Modelsのシングル

Maniacs シングル盤の広告

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Celia シングル盤の広告

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The Lurkers 1stシングル

The Lurkers 1stシングル

Menace 2ndシングル

Menace 2ndシングル

(イカツイ腕に注目)

Raped ライブショット

Raped ライブショット


Killjoys

Killjoys

いかにもパンク

Suburban Studs

Suburban Studs

雰囲気がパンク

Neon Hearts 2ndシングル

Neon Hearts 2ndシングル

(イカツイ腕に注目)


The Users シングル盤の広告

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Spitfire Boys

Spitfire Boys

後にThe Slitsに入るBudgieがいる頃

Dead Fingers Talk

Dead Fingers Talk

目つきがパンク


Stiff Little Fingers

Stiff Little Fingers

音楽的にも、ポスト・パンクに繋がる音楽性を持つバンドから、ハードコア・パンクの原型となるものまで、様々なタイプのバンドが混在してライブを行っていたこともこの時期の面白さと言って良いでしょう。
”ロック的でなければ何でも良かった”時期だったんです。
そのような面白い環境も、音楽産業の一部に組み入れられることで、ステレオタイプ化して行き、シーンは一気に煮詰まっていきます。
パンクが音楽業界用語で”ニュー・ウエイブ”に変えられた時期から、何となく、違うものになって行きました。

パンク第3世代(Third Generation Punk)は、77年に結成したバンドで、Angelic UpstartsUK SubsThe RutsStiff Little Fingersが代表する、ハードなパンクという印象です。
同時期にMagazineが登場しているので、この時期にポスト・パンクは始動しているといっても良いと思います。


Angelic Upstarts

Angelic Upstarts

UK Subs

UK Subs

The Ruts

The Ruts


オリジナルパンクの最後はどこかと言うことになりますが、パンクが終わった時については、いろいろな意見があります。

Sham69 If The Kids Are United

Sham69 / If The Kids Are United

SEX PISTOLSが解散した1978年1月14日。
THE DAMNEDが解散を表明した1978年3月頃。
VOLTEXが閉店した1978年3月末。
ROXY CLUBが閉店した1978年4月末。
Johnny RottenがJohn LydonとしてPUBLIC IMAGE LTDのスタートを表明した1978年5月末。
といった具合で、人によってパンクの終りをいつにするのか、半年の間で、ばらつきが出てくるので、ここでは、春~夏という感じにしておきます
(私個人としては、今となっては、SEX PISTOLSが解散した時が、一番しっくりきます。しかし、実はパンクは繋がっていて、The Smithsが出現するまでは、ひとつの流れで捉えた方が分かりやすいと思っています)。

1978年7月にリリースされた、Sham69の「If The Kids Are United」が、オリジナルパンクの終りを決定付けたような思いが、ロンドン・オリンピック2012の閉会式を観ながら、頭の中で巡っていました。


text by TAYLOW / the原爆オナニーズ